ManlyでのExhibitionを無事に終えた僕は、通訳のケンジとシドニーから約3000キロ離れたケアンズまでの東海岸を車で旅することにした。
「あれで良かったのかな?」今回の展覧会への疑問をケンジに投げかけた。
オープニングでは400人近い多くの来場と一夜でAU$10000を越える日本への義援金としての売上。(最終売上AU$28.000)
現地スタッフの協力の基に市長や領事館も来客し確かに華やかではあったが、アーティストとしての質を保てたかどうか?なんて事を僕は考えていた。
僕はもう少し小さなモノをイメージしていた。
「良かったんじゃん。少なくともこうゆう日本人もいるんだってことが伝わったわけだし」
オーストラリアは今だにバブルといった感じで町の景気と機嫌はかなりいい。
そんなこの国にいると日本の震災はどこか遠い国の話でしかないような気がした。
今展覧会を最初からキュレートしてくれたMark氏曰く、
「君や僕らのこうゆうアクションによってこの離れたオーストラリアの人々に災害の関心を持たせることこそが一番の目的なんだ」と。
そんなMark氏からもう一つ、オーストラリアにとって一基目の原子力発電所建設の計画が撤回されたという嬉しいニュースも耳にした。
広大な地平線に沈む夕日をぼんやりと眺めながら、僕にとって初の海外でのExhibitionへの疑問は参加させてもらえたことへの大きな感謝へと変わっていった。
そして改めて、今回の日本の災害は、エネルギーや資源に対する意識を大きく変えていかなくてはいけない重要な課題を定義する出来事でもあったと気付かされる。
ふー。。問題はシンプルなはずなのに山積みだ。
あのバイロンで見たイナズマも「蓄積」できる技術が出来ればなあ。。。。